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鼕行列と祭り 


 現存する記録(藩祖御事蹟)には大凡三百五十年以上前から、すでに松江の鼕たたきは盛んに行われていたとみえているそうです。「いやいや、そんなに新しいものではなく正月が始まったそんな頃からあっただろう」、と言われた有識者(故・藤脇宮司)もいます。

 いずれにしても、一部学識関係者が言う精々大正時代からの昨日今日の安い代物であるというような言い種を松江の町民は一切受け入れないでしょう。それ程に松江人の鼕への思い入れは深いと思います。

 さて、ここ十数年の鼕を取り巻く環境を客観的に見れば、一つには極めて各町が開放的となり、多数とはまだ言えないにしろ各々の町では外部参画者を受け入れる動きが活発となって来ているように思います。これは必然的に人口が減少して行く鼕保存町においてごく自然な成り行きであり、またこれ以外に伝統継承の良策は今のところ見あたりません。

 他方、そうして新しい血を入れるということは、少なからず変化を覚悟しなければならないという事があります。

 思うに、伝統は絶えず変化を遂げてきました。鼕行列そのものも、元来歳徳神(としとくじん)大宮御神幸(みゆき)の囃子方がいつしか独り立ちした姿であり、その宮練りですら大元を辿れば宮中の三杖毬(さぎちょう)で、現行の鼕行列とは似ても似つきません。伝統は一切を変えてはならないと言うならば、京の祇園祭は未だに担い山ばかりで、大きな車輪の付いた豪勢な山も鉾も存在しなかったでしょう。

 ところで、我々は簡単に伝統文化を口にしますが、果たして文化とは何でしょう。鼕行列で言えば豪華な鼕台?大口径の太鼓? 否、それらは文化の中の飾りに過ぎないのではないでしょうか。ちょっとした火事でいつでも灰になってしまいます。そんなに簡単に灰になってしまうものならば、千年も前に日本の文化などは消え失せているでしょう。

 そうではなく、古人が何を想い、希い、どうしてそれを行ったか、そこにこそ真の日本の祭り文化というものを考える糸口があると考えています。

 変化は易、変わらざるものは不易で、鼕行列で言えば、このうち易とは鼕や鼕台のような目に見える物であり、不易とは古人と同じ思いで桴(ばち)を握ることだと思います。芭蕉の不易流行という格言も、かたくなに形を変えない事を良しとするだけでなく時代に応じ素直にあわせ、変えるべきは変えなさいという意味合いもあるように思います。

 但し、ここで言う変化は見た目だけのものです。心の中までも変えてしまえというのであれば自分は賛成出来ませんが。

 近年、鼕行列保存会も大きな変革を遂げてきたように思います。しかし、それはあくまでもシステムや形式上の変化に過ぎません。いかに保存会が各町を束ねる立場にあるとは言え、内心までは立ち入れませんし、現にそういう教ラが行われた形跡もありません。

 仮にそれが行われたとして、各町が拒否すれば済む事です。変えらざる内面は各鼕保存町の責務であり、松江市鼕行列保存会の責務ではない筈ですから。

 各保存町はその責務を本当に果たしているのでしょうか。一体どれだけの町民に、古の想いが伝わっているのでしょう。また伝えてくれたのでしょう。正直に言って自分は、道具の古さや価値の自慢や、鼕や鼕台の片付け方や組み立て方、直会の準備の話しか教えて貰った覚えがありません。また何かと言えば叩き方のような技術論に終始していたように思います。技術はプロでもないのだから祭りの巾では枝葉末節と考えます。

 今後どんなに表面を記録に残しても、過去の記憶はどんどん消え失せていきます。しかし消える記憶など、そもそも重要なものとは思えません。真の伝統文化たる先達の無形の財産が切実な希いとして我々の中に継承されることこそが重要ではないでしょうか。

 そして、その想いが心柱として我々の中にありさえすれば表面の変化など取るに足らないことになるでしょう。

 また前述した新しい血について、これを受け入れるについては多少の覚悟は要ると言いましたが、重要な事は住民票の有無ではなく、また町内という看板でもない気がします。祭りが単に個人の、その町民だけの避禍招福を祈る場であれば、各々いつでも好き勝手に祈れば良し、いつまでも勝手に町の祭りをすれば良いものを、なぜ祭りは大勢で日を決め地域全体で行われるのか、そこに思いを至すべきだと思います。

 祭りは、全ての人が今生きて生かされて在ることを素朴に感謝し祈る営みであると信じます。その心を知る者は誰であれ、祭りという営為に加わる資格があり、排他的はむしろ対極にありはしないでしょうか。

 その地域に住む全ての人々が、やる方も見る方も一緒になって、伝えられてきたひとつの想いの輪の中に集まってくるというのが本当にあるべき祭りの行事の姿ではないでしょうか。鼕行列以外の祭りも垣間見るに付け、そういう思いを強くします。
以上   (石橋一丁目・小村氏談)